◯二十四番(伊藤勝人君) 食と緑が支える県民の豊かな暮らしづくり条例がことし四月に施行され、平成二十二年(二〇一〇年)に目標を置いた食と緑の基本計画が策定されようとしています。本計画につきましては、さきの代表質問で我が党の小久保政調会長からお伺いをしたところですが、日ごろから土に親しむ者として、農業、食糧について危惧と思い入れがあります。この計画策定に向けて、その主な対象者の方々との日ごろ伺っている話を交えて、私と私たちの思いを幾つかお尋ねいたします。
 専業農家歴五十年、七十二歳、このごろ死語になりました篤農家Hさんに伺った話や日ごろ思うこと、「伊藤君、五十回だぜ、たった五十回、田植え、稲刈りは五十回しか経験できない半世紀だった。一年に五十回ではない、五十年で五十回の経験で、人はいかほどのことができようか。しかも、毎年毎年違った失敗の繰り返し、悪戦苦闘の連続で、いつしか残りの時間を数え、ゴールまでの距離を考えて冬支度をしなければならない年になった。繰り返すが、私のことをベテランと呼ぶな、年とった新人と呼んでくれ。それが百姓なんだよ、それが農業なんだよ」。
 全国農業コンクールの大会が開催された折、出席をされました。前夜祭の記念シンポジウムにも出られた。テーマは「二十一世紀の食と農」。シンポジウムやフォーラムというのはおもしろくないね。理由ははっきりしている。一、コーディネーターがしゃべり過ぎ、二、パネラーがきれいごとと建前を言う、三、話を無理にまとめようとする。この三点セットがそろったらもう最悪。
 明くる日、地区代表二十名の実績発表。最前列には中央審査委員の先生方がずらりと並んで学識経験者ばかり。思うに、学識はあるが経験がないわけですから、正しくは有学識無経験者である。せめて審査員の半分を無学識経験者、つまり百姓を審査員にしたら生の声を取り入れることができるし、おもしろい、また、身が入るよ。この国では、農業の専門家は農業者でなく、どんなにすぐれた経営を何十年経験しようと、農業者である限り専門家ではないという伝統を忠実に守っているわけです。百姓は論文を書きませんから、残念。
 発表を聞いて、結果を聞かずに帰ったよ、私は。だけど、五十周年の記念誌を読むと感きわまるものがあった。まさに日本農業の半世紀の軌道がここにある。昭和三十年代から四十年代、つまり米の減反が始まる前の発表タイトルは「米でもうけるために」「夢でなかった百五十キロ産繭」「ミカン専作経営」であったり「品質日本一のイグサ団地を目指して」「甘夏ミカンによる専業経営確立」。この時期、これは全国農業コンクールを経て毎年十一月に開催される農林水産祭で天皇杯や内閣総理大臣賞を受賞した人たちの発表タイトルです。やがて、一九七八年「米麦作の近代化と養豚の一貫経営」、一九八五年「二十一世紀を先取りする私の米麦二毛作経営」、一九九一年(平成三年)「牛肉輸入自由化を経営充実のチャンスに」と変化をしていきます。昨今、「特定農業法人による効率的・安定的な協業経営」「緑豊かな郷土とともに遊休地ゼロを目指す土地利用型経営」であったり、福井市のオール兼業農家二十四戸が全員参加で取り組んでいる一集落一農場方式が感じられることは、もう個々の農家では農業は支えられなくなってきた。そこで、所有権と耕作権を分離して、転作の団地化や機械を共同利用するなど、地域農業を維持していくための工夫と努力が広範囲に行われていることです。まさに、農は世につれ、世は農につれではありません。そして今、特定農業法人をつくりたい。その勉強をしているわけさ。
 今までの中で一番関心があるのは、時代時代、このすぐれた農業者たちの、他の模範として表彰された人たちのその後の消息です。つまり、その後彼らはどうなったのか。これまで農家がつぶれなかったのは大きくならなかったからで、大阪では、おできと事業は大きくなるとつぶれると言うんだそうです。最も順調なときに最大になるわけですから、社会の変動は避けられません。大きくなり過ぎたものはつぶされる。これは農業に限ったことではありません。ティラノサウルスもトリケラトプスも大きくなり過ぎて消滅しましたから。だから、ウオーター・ドリンク・ファーマー。
 キャベツ一個六百円、レタス一個九百円、大根一本二百九十八円、ネギ三本四百円、白菜四分の一カット二百円、十月末です。私も一定期間生きてきました。これはレコードです。このごろは価格もいささか落ちついてきましたが、まあ例年の三〜五割高の価格です。台風だ、異常気象だ、長雨だ、最後は地震だ。でも、その時期は夏野菜と秋野菜の端境期でした。だれがその値をつけたのか。第一次産業は第三者が市場の価値を決める。原価計算をして、粗利何%で出荷する第二次産業ではない。第一次産業は原価計算が後からついてくる。JAの貯金通帳の数字の寂しいことこの上なし。この価格が異常であったのか否か、ここにおられる皆さん方、それぞれどう感じておられるのでしょうか。
 私は、一九九九年に制定された食料・農業・農村基本法にあるのではないかと思います。農基法では、食糧、この「リョウ」の字が、「糧」が食料、料金の「料」に変わっています。申し上げるまでもありませんが、糧の字が字数がかたくて難しいから、みんなにわかりやすいように易しい料金の料の字に変えたという単純な動機ではありません。それは皆さんがおわかりのことであります。糧であります。命の糧、主食を指すものが糧の字でありました。そして、一方の料もはかるでありますが、一般的に材料とそれに支払う代金を指して使われます。原料、材料、衣料、飲料、燃料、飼料、肥料等の料であります。それに支払う代金を指して使われます。つまり、料金であるからであります。
 そこで私は考えました。カロリーベースで四一%、穀物で二八%という国内自給率の現状では、糧の字は使いがたい。今後も、水を含めてさまざまな食料を相当量輸入しなければ食の安定供給はできない。当然代金は支払わなければなりません。よって、糧ではなく料を使ったのだと。残念ですが、現状ではやむを得ないことでありましょう。国内自給率向上を目指す国内法だから、糧を使うのが本当は正しいと思いつつ。
 米の減反が始まって三十四年になります。その年に生まれた子が三十四歳になります。アフガニスタンの子供たちに平和を知っているのかと聞きましたところ、平和、聞いたことない、何のことだと答えたというお話があります。三十四歳未満の彼らは、減反は生まれたときから、あるいはそれ以前からというわけで、そういうアフガニスタンの子供たちと似ています。減反以前を全く知りませんから。
 二〇〇二年、福岡県糸島郡で農家の人たちが開いた九州百姓の会での出来事。テーマは「近代化を超える」。論点が三点ある。一、農業、農村にとって近代化とは何だったのか、二、なぜ超えなければいけないのか、三、超えた後の農業、農村のイメージはといったところでありますけれども、わいわいがやがや議論があったそうであります。活発ではなかった。普通の百姓はそんなこと考えたこともないし、考えもしないからだとコメントがなされています。百姓もどき、学者、研究者のテーマですから、真っ当な百姓はきょうの仕事をどうするかというリアリズムで生きているわけですから、こういう高邁で非生産的な話題は苦手なんだそうであります。
 江戸時代の農書研究で知られる徳永光俊大阪経済大学教授は、農業の近代化とはまわしの破壊だと指摘しておられます。江戸中期に確立された農法は、昭和三十年代まで三百年以上にわたって連綿と受け継がれてまいりました。その原理は、まわし、つまり循環だったといいます。つくりまわし(輪作)、水まわし、地元の資源まわし、金も天下のまわり物であった。農も地域も社会も自然も人生も、遠大な宇宙の循環の中にあるという世界観が農の思想になってきたという。なるほど。その伝統を破壊したのが農業の近代化なのであります。それは昭和四十年代に本格化したと教授は言っておられます。
 でも、何かが変。自然発生的なものでなく、一九六一年制定の農業基本法が結果として元凶ではなかろうか。できる農業からつくる農業への転換が日本農業にとっての近代化でありました。たわわに実った稲や麦を見て、いいできだ、よくできたとか言わずに、よくつくったなと言うように心がけるようになりました。これが道を間違えた。
 農作物をつくっているのは太陽であり、土であり、水であり、植物そのものの生理なわけで、百姓がやれることはそのお手伝いにすぎません。どんなにハイテクを駆使しても、米一粒、菜っぱ一枚、牛乳一滴も人間はつくれません。農業は工業ではありません。すべて自然の恵みなのに、近代化はその自然を汚し、破壊してまいりました。今でもそれを続けています。そして、破壊はだれの目にも明らかとなってきた。だから、超えなければなりません。
 近代化を超えるということは、決して昔に戻ることではなく、まして今さら戻ることはできません。戻る必要もありません。現代の技術と経験を生かして、原理原則を決して行き過ぎることのない循環、まわしの基本に到達させることだと思います。
 ぼけ防止の有効な手段として、その日に食べたものを思い出すという訓練があるそうです。朝食べたもの、昼食べたものを夕食時に思い出して、また明くる朝は、前の晩に食べたものを逐一思い浮かべることだそうです。
 何を語るのも自由だが、問題はその耐用年数です。一九八〇年から二〇〇一年までの農業に対するさまざまな発言を編集した本「農業論調の軌跡―忘れ難きこの言(こと)」、出版元は農協中央会。言葉の耐用年数、私はしびれました。一九八〇年代、総自由化で、農業、農村が大揺れした時期です。その象徴として、米自由化に関する発言が際立って多い。余りにも有名な発言で、氏名を伏せたり出したり引用します。発言者がすぐに思い浮かべれば正常、思い出さなければ危険信号が発せられます。
 「保護は百害あって一利なし。これからは国産品でなく国際品の時代だ。自由化でつぶれる農業なら仕方がない」、巨大スーパーの社長が、民、世論を代表しているようでした。農業以外の産業は補助金なしで自立しているのに、農業だけが甘やかされている。十年もたたずに化けの皮がはがれました。かつての流通産業界の風雲児も、今や有為転変の世の習い、関西のお百姓衆は言っている、おできと事業は大きくなるとつぶれる。
 「農業は東南アジアに移せ。国内農家を遊ばせて食わせても、経済的には得である。農工の単位面積当たりの生産性は、工業の方が千五百倍である」、某電器メーカー会長。この発言に反発した北海道の農民たちが同社製品の不買運動を展開、発言を撤回しました。
 「日本の農業の生産高はトヨタと日産の二社分でしかない。土地を農地にしておくことは不経済である」「食糧輸入こそが日本を安全にする」、某評論家。BSEを頂点とした食をめぐる末期的な状況をどうこの方は説明するんですかね、偉い先生は。
 「米国の農業の強大さを信じて疑わぬとすれば危険である。(中略)日本農業は自然環境と人間への配慮を忘れずに進むべきである」、篠原孝、農水省。さすが。
 「農業はイノベーションの大きい先進型産業であり、政策を誤らなければ八〇年代から九〇年代にかけて新しい農業革命が起き、日本農業も輸出産業の可能性がある」、叶芳和、国民経済研究協会理事長。「二兼農家は、ほうっておいても十年か二十年ぐらいでなくなる。そういう農家に転作支援の金を出す考えは今の内閣にはない」、藤井裕久、細川内閣大蔵大臣。「米価の値下げは、片手間農家よりも中核農家に影響を与える」、梶井功、東京農工大教授。「副業的農家は稲作経営安定対策から除外するようにする」、某農水大臣。
 その正否と耐用年数は、いずれ歳月が審判してくれるものでありましょう。言った人は忘れても、言われた方は忘れませんから。国際競争力の有無の問題よりも、この国に農業を残す意思があるのかないのか、私は思っています。
 昨年、二〇〇三年六月三日は何の日であったか、御存じと思いますが、思うに日本の農業、農政史に残る歴史的な日となった。どんな日だったのか。まあ、歴史的にと思うのは私だけかもしれませんが、民間の環境団体が、農水大臣に環境デカップリングの政策提言書を手渡したのであります。
 七月一日付の新聞一面トップで報道しています。農業の多面的機能を研究する民間非営利団体NPO法人農と自然の研究所、福岡県二丈町、宇根豊代表など全国九つの農業・環境団体は、日本型環境デカップリングなどを盛り込んだ環境農業政策をまとめ、三十日亀井義之農相に手渡しました。農家が行う環境保全のための作業など、生産以外の部分に国の助成制度創設を求めました。農水省は、国が全く手をつけていなかった分野と、関心を寄せております。同省が十二月に策定する環境政策大綱の柱の一つとして検討していく方針ということでありました。もう今ごろできていると思います。
 思うに、事の起こりは、一九九九年に制定された、この新しく「料」になった食料・農業・農村基本法です。この法律では、農業の多面的機能が前面に押し出されました。つまり、農業は、農産物を生産しているだけではありませんよ。緑を育て、水や空気を浄化、供給し、景観も憩いの場も提供していますよと強調しています。
 しかも、これらの価値を金に換算して、洪水防止機能が三兆四千億円、休養、安らぎの場の提供が二兆三千億円など、合計では年間八兆円をも上回ると数字で示したわけであります。
 周知のように、これは、WTOの農業交渉、自由貿易一辺倒のケアンズグループへの対応論理として大きな役割を果たしているわけであります。国内向けでは、せいぜい中山間地の直接支払いにとどまってはいます。すなわち、国内の農業粗生産額に匹敵するほどの多面的機能を支えている労働に対し、対価が支払われていないということであります。それを支払えというのが今回の訴えの中身であります。
 大きく、水田の仕事、技術、畑作、果樹作の仕事、技術、集落の活動など九章から成り、要求項目は全体で百八十四項目になります。具体例を挙げますと、一、田んぼの生き物調査をする農家一戸当たり二万円、レンゲなど緑肥栽培に十アール当たり五千円、水田、畜産では、粗飼料の自給率五〇%以上に対し、牛一頭十万円、豚五万円、鶏五千円、農家の暮らしでは、食料自給率五〇%以上の農家に一戸当たり二万円、水車利用に一万円、生ごみ環境に五千円、いずれも年間支給額といったぐあいであります。
 荒唐無稽で笑い飛ばす人もたくさんおいでと思います。新たな金ねだりではないかと思っておられますしね。しかし、言い出しておかないことには事は進まない。EUでも韓国でも行っているし、日本でも、二〇〇三年から自然再生推進法が施行されているわけです。明らかに時代はその方向に動いています。そのことから、歴史的に画期的だというわけであります。
 日本のグローバル化は進む。WTOは機能麻痺を起こすかもしれませんが、FTA(二国間地域間自由貿易協定)がそれに取ってかわるわけですから、とめられません。ということは、農産物の価格は世界で一番安い水準まで下がり続け、先進諸国では農家の所得補償を政策の柱に据え、そのため、対象農家数を減らそうとしています。日本の農政も同じ方向だが、農業、農村の願いは逆方向です。その路線で多面的機能が維持できますか。だれがその機能を支えていくのか。
 ここでいま一度、食料・農業・農村基本法、この三条に多面的機能の発揮を確認しますと、国土の保全、水源の涵養、自然環境の保全、良好な景観の形成、文化伝承等農村で農業生産活動が行われることにより生ずる食料、その他の農産物供給機能以外、多面にわたる機能については、国民生活及び国民経済の安定に果たす役割にかんがみ、将来にわたって適切かつ十分に発揮されなければならないと書いてあります。大規模農家だけでこれが維持できますか。株式会社でやれるんですか。やれるわけないだろうと思っています。
  先般、山陰地方の過疎の山村で郷土芸能の○○太鼓というのをテレビで見ました。十数名の娘さんがねじり鉢巻きにはっぴ姿で、ばちさばきも鮮やかに太鼓をたたいています。すっかり感心して、いやあ、これは頼もしい。このあたりは農家後継者が育っていいね、思っていました。なな何と、全員が中国からの研修生だというではありませんか。まさにそういう状況が日本の至るところにあるのではないですか。佐宗先生にその話をしました。そこまではいってないが、近い将来はわからぬぞ。もし本当に多面的機能が大切であるならば、そこのところに手を差し伸べないとと今回の提案は主張していると思います。気になるのは当事者です。農家やJAの関心です。
 私の畑の次の隣が空き地でした。九年前、サラリーマン生活を終え、毎日ゴルフの打ちっ放しをしておられたIさんが所有者から借用して、今や総計千平米、農業人になられました。東京生まれ、春日井高蔵寺ニュータウン住まい。クラウンにくわ、備中、肥料を乗せて、さすがに背広姿ではありません。トレーナーを着て、長靴です。当初、作付は私が指導いたしましたが、自給以外は近所に無料の配布でありました。
 JAのグリーンセンターへの産直販売へとお誘いをしました。JAの組合員でないがため、当初それがかなわず、さまざまな手だての結果、今や一方のチャンピオンです。地産地消だ、生涯学習だ、お手本のような方であります。セイタカアワダチソウはなくなりました。売り上げ金で奥様と北海道へフルムーン。コメントは、「今度は北海道で農業ごっこをしようかな」。Iさんは哲学者であります。思わず叫びました。
 農業にわたって日ごろ思うところをるる申し上げました。現在、県で策定中の食と緑の基本計画に関連し、順次お伺いをいたします。
 第一に、食と緑の基本計画の策定に当たって、その主な対象者である実際に農林業に従事している方の意見を聞くことが重要であると考えますが、どのような対応をされていますか。
 第二に、基本計画を実行していくために、若くて意欲のある農業者が必要と思います。県は、将来の農業を担う新規就農者をどのように育成、確保していかれるのか。
 第三に、定年退職後、生涯学習を兼ね、楽しみながら農業を行い、丹精込めてつくった農作物を販売するために、例えば産地直売施設の活用が考えられますが、県はどのように考えておられるのか。
 第四に、農地が農地として保全されてこそ多面的機能が発揮できるわけですが、耕作放棄地の解消に向けて、県は今後どのように取り組んでいかれるのか。
 最後に、循環型社会を形成する上で農林業が果たす役割は大きいと思われますが、今後、農林業においてどのような取り組みをしていかれるのか、お伺いをいたします。
 次に、心身障害者コロニーにおける自閉症、発達障害者の支援についてお伺いいたします。
 心身障害者コロニーは、昭和四十三年の開設当時から、心身の発達に障害のある人たちのため、中央病院、はるひ台学園などの施設、養護学校、発達障害研究所など、さまざまな支援の実践と研究に先見性を持った取り組みが続けられてまいりました。
 私は、この二月議会でも、発達障害研究所の成果を、知的財産権、特許申請についての質問をいたしました。研究成果は、これまでも学術雑誌、学会等で多数発表されておりますが、障害者の日々の生活に直接役立つ研究、地域産業に貢献する研究もあるべきではないかと期待したからであります。
 その後、この発達障害研究所で開発されました、手足を使えない重度障害者のために、その残されたほんのわずかな力だけで、スイッチをそっと押すだけで電動車いすやテレビやエアコンなどを操作できるハミングコントローラーが、十一月に開催された「産学交流テクノフロンティア二〇〇四」において、障害者の自立生活を大いに助けるものとして高く評価され、マスコミでも大きく取り上げられました。また、特許についても、既に八月に申請されたと聞き及び、我が意を得たりと喜んでおります。
 一方、コロニー中央病院では、発達障害の専門病院として、開院当初から精神遅滞、脳性麻痺、てんかん、先天異常、ダウン症、未熟児網膜症など、さまざまな疾病や障害の治療に先進的に取り組んでこられました。
 さて、自閉症などの発達障害への支援の問題であります。今、発達障害支援法案が超党派で提案され、衆議院において十一月二十五日、参議院十二月三日に通過、成立をいたしました。弾みがつきました。
 発達障害にもさまざまなものがありますが、そのうちでも自閉症は、乳幼児のころから人間関係がつくりがたく、特有のこだわりがあり、保護者たちも子育てに悩み、非常に苦労されております。病気の原因が明らかになっていない現状では、早期に診断を受け、治療方法について指導を受けることが重要であります。
 しかし、そうした診断等をしてもらえる専門機関、専門医が少ないということも指摘されています。そして、現状では自閉症の数は人口の一%に及ぶと推計されております。このような状況のもと、中央病院の児童精神科では早い時期から自閉症に積極的に取り組み、その患者実数は、この五年間だけで三千三百人に及んでいます。
 また、知的障害児施設はるひ台学園では、入所者の大半が自閉症であり、その多くは強度の行動障害を伴った重度の方たちであります。このため、発達障害研究所と連携して、ティーチプログラムという新しい療育方法を導入し、日々の実践と工夫の中で成果を上げていると聞きます。
 このように、コロニー内の各部署が自閉症の療育に多角的に取り組んでこられました。昨年五月、自閉症などの発達障害センターがコロニーに設置されたのも、そうした実績があったからであると思います。このようなコロニーの取り組みは重要なものと思います。
 そこで、今後、コロニーとして自閉症、発達障害者の支援をいかに展開していかれるのか、お伺いいたします。この実績をさらに外部に向けていかに発信されていかれるのかをあわせてお伺いをいたしまして、壇上での質問を終わります。(拍手)


◯農林水産部長(松木勝君) 農業問題につきまして、貴重な御意見とともに何点かのご質問いただきましたので、お答えさせていただきます。
 まず、食と緑の法、基本計画策定に当たっての農林水産業に携わっておられる方の意見をどのように反映しているかということでございますが、この四月に施行されました食と緑が支える県民の豊かな暮らしづくり条例は、消費者、生産者が同じ県土に住む生活者としてさまざまな面から農林水産業を支えようとするものでございまして、この条例に基づく食と緑の基本計画の策定に当たりましても、農林水産業に直接携わっている方々はもとより、消費者や生産者団体、流通関係者など、幅広い層の方々の御意見をお聞きしながら進めているところでございます。
 実際に農林水産業に携わっておられる方々の知識や経験といったものは貴重な財産でございまして、今後、さまざまな場面でこれらを生かしながら、計画を着実に実行してまいりたいと考えております。
 次に、循環型社会の形成に向けた農林業の取り組みについてでございます。
 本県におきましては、農林業の生産活動に伴い排出されます家畜排せつ物や剪定した木の枝、おがくずといった再生可能な有機性資源、いわゆるバイオマスを堆肥化いたしまして、土づくりに活用するといった環境への負荷を低減する取り組みを推進してまいりました。
 しかしながら、近年、家庭や飲食店から出されます食品残渣や下水汚泥といった、従来廃棄されてきたバイオマスにつきましても、積極的な循環利用が求められておりますので、農林業において有効に活用できないか検討しているところでございます。
 バイオマス利用を促進するためには、県民の方々の理解と協力が必要でありますので、今後とも一層普及啓発活動に取り組み、循環型社会の形成に寄与してまいりたいと考えております。


◯農林水産部理事(小出義光君) 農業についてお尋ねのうち、まず、新規就農者の育成確保についてでございます。
 担い手の中核となっておりました昭和一けた世代がリタイアする時期を迎えておるというふうに言われておりまして、今後、農業者の急激な減少も見込まれるところでございます。こうした状況の中で、これからの本県農業の持続的発展を図っていくためには、意欲ある新規就農者の育成確保は大変重要なことであると考えております。
 こうしたことから、本県では農業大学校において若い農業後継者の養成を行っておりますとともに、関係機関と連携をいたしまして、新規就農希望者への就農相談や農業を始めるために必要な資金の貸し付けなどの支援を行っております。
 また、近年は、農業以外に従事されてみえて、新たに就農を希望する方もふえておりますので、平成十五年度から、こうした新規参入希望者などを対象としたニューファーマーズ研修を農業大学校で行い、就農支援に努めているところでございます。
 今後とも、本県農業を担っていただける意欲ある農業者の育成確保に積極的に取り組んでまいります。
 次に、産地直売施設の活用についてでございます。
 ほかの産業に従事されてみえた方々が、定年後にこれまでの経験を生かしながら農業に携わっていただくことは、地域農業の発展や地域の活性化にとりまして意義のあることと考えております。また、こうした方々が収穫された農産物を直売施設で販売することは、一定の収入を得るとともに、生きがいと楽しみにつながるほか、地産地消の推進や都市と農村との交流促進の面でも大きな効果がございます。
 こうしたことから、県といたしましては、これまで直売施設の整備の促進や地域農産物を利用した加工品の開発支援、さらには、県のホームページを利用した直売施設情報の提供などに努めてきたところであります。今後とも、直売施設が地域の活性化につながるよう支援してまいりたいと考えております。
 次に、耕作放棄地の解消に向けての今後の取り組みについてでございます。
 農地を有効に利用することは、食料の安定供給を図るとともに、農地の持つ多面的機能の発揮のためにも重要でございます。このため、これまでも農業委員会や農業協同組合と連携をいたしまして、担い手への農地の貸し付けや農作業の委託を推進するとともに、都市近郊におきましては、市民農園としての活用などの方法により耕作放棄地の解消に取り組んでまいりました。また、中山間地におきましては、平成十二年度に創設されました直接支払い制度により、耕作放棄地の発生防止を図ってきたところでございます。
 さらに現在、農業協同組合が耕作放棄地を含めた農地の新たな受け手としての法人を設立する計画が進んでおりますので、県といたしましては、市町村や農業委員会と協調しながら、この取り組みが円滑に推進されるよう支援し、担い手への利用集積を一層促進してまいりたいと考えております。
 以上でございます。


◯健康福祉部長(新家正義君) 心身障害者コロニーにおける自閉症、発達障害者の支援についてお答えいたします。
 コロニーでは、これまでも発達障害の本県における中核施設として、障害に関する原因の探求、治療、教育及び療育の実践、さらには地域の社会福祉施設職員など療育関係者の人材育成などを総合的に行ってまいりました。
 昨年度からは、コロニー内に自閉症・発達障害支援センターを開設し、これまでの研究や実践の蓄積をもとに相談、支援を行うとともに、発達障害者の支援が多方面で必要なことから、医療、教育、就労などの分野の関係機関や各地域の施設などとのネットワーク化を図っているところであります。今後も、このような自閉症、発達障害者に対する総合的な支援システムづくりを進め、支援をしてまいります。
 また、発達障害の早期発見、療育支援を目指した発達障害者支援法が成立し、来年、十七年の四月から施行されますが、この法律につきましても適切に対応してまいりたいと考えております。
 次に、外部に向けての情報の発信につきましては、従来から学会や学術誌での研究発表はもとより、支援者養成研修等によりましてコロニーが持っている研究等の成果を情報発信するとともに、パンフレットやホームページなどによる情報提供をいたしているところであります。
 本年度は、さらに広く理解を得るために、この十二月十一日に、愛知県中小企業センターにおきまして「自閉症シンポジウム二〇〇四」を開催することにしておりますが、今後ともこのような情報発信にも積極的に取り組んでまいりたいと考えております。
 以上です。


◯知事(神田真秋君) 御質問で余りにも多くのことをお触れいただきましたので、十分理解できませんでしたが、Hさん、Iさんのお話で、農業の難しさ、御指摘いただいたことは事実であります。
 考えてみますと、ことしは年初早々鳥インフルエンザの話がありましたし、年中から、そしてこの年末ぎりぎりにかけても台風の襲来などで野菜の高騰などがありました。こういうものはすべて県民生活に直接かかわるわけでありまして、まさに生活者と農林水産業が深くかかわっていることのあらわれだと思います。
 私どもこの四月から実施させていただいた条例でありますけれども、こうした生活者という視点で条例をつくったわけでありますが、今、基本計画の策定にかかっております。この基本計画では、やはり生活者という視点で、農林水産業と県民がどうかかわっていくのか、それから、愛知らしい取り組み、こういったものを盛り込んでいきたいと思っております。現在、これ策定中でありますので、できる限り条例の趣旨に沿ったものに仕上げていきたいと思っております。よろしくお願いします。